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ロスカット あの日の涙 虹となる

為替市場に依存するリスクテイカーの戯言

トレードは決断の連続であり、その結果起こりうるリスクを引き受けるということだ。

「お金が少なくなる」というリスクを引き受けるのは覚悟がいる。

「楽してお金を得る」という発想ではとてもじゃないがトレードを続けられない。

トレードを学んでいく過程において、欲、恐怖、絶望など、あらゆる負の感情が襲ってくる。

いわば、自分の弱さが露わになってくるわけで、勝つ為にはそれを乗り越えなければならない。

結果的に儲かったか、儲からなかったとかではなく、そのリスクをとったことに自分自身が納得しているか、していないかが成長のモノサシになる。

トレーディング一本で飯を食っていくことは、常にリスクを取り続けていかないと生きていけないということであり、マーケットという牢獄に囚われた終わりのない苦行僧のような生活を強いられているといっても過言ではない。
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[ 2018/12/03 18:15 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

属性

SNSのプロフィールに「死ぬ事以外かすり傷」って書いてる人は、むしろ繊細で傷つきやすい。

「おもしろきこともなき世をおもしろく」と書いてる人のツイートは、ほとんどの場合つまらない。

四六時中、株やFXで儲かっていると呟いているトレーダーは、凄腕投資家の仮面をかぶって、人を欺き、商材売って一儲けしようとたくらんでいる輩が多い。
[ 2018/12/01 21:24 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

東京飲み会

来月ラオスに渡航する友人の送別会に出席するために渋谷へ。

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今回のメンバーで飲むのはほぼ1年振りだけど、今も昔もテンションは変わらない。

職業も年齢もバラバラだが、そこがかえって刺激になる。

おそらく5年後、10年後もほぼ同じメンツで飲んでいることだろう。

専業トレ-ダ-は組織に属していない孤独な稼業だからこそ、こうして何のしがらみもなく楽しく飲める仲間がいることはとても幸せなことだと感じる。

ケント、毎度のことながら幹事ご苦労様でした。
[ 2018/09/20 03:48 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

トレード依存症の薦め

オンラインゲームなどに没頭し、生活や健康に深刻な支障が出る「ゲーム依存症」の存在が世の中に知られて随分経つ。

ゲーム依存症になると、頻度や時間をコントロールできなくなり、日常生活でゲームを他の活動を差し置いて最優先するようになる。

睡眠不足で本来の仕事に集中できなくなり、不登校や引きこもりにも繋がりやすい。

日本でも数年前に、ゲーム内の課金をめぐり、子供が保護者のクレジットカードを使うなどして高額請求を受ける事案が頻発し、社会問題化した。

こうしたネガティブな側面ばかりが取り上げられる「ゲーム依存症」だが、じつのところ株やFXで成功している人はかって「ゲーム依存症」だった人が少なくない。

たとえば、BNF氏は今でこそ400億稼いだ伝説のトレーダーとして知られているが、彼もまた「ゲーム依存症」に陥る可能性があったように思う。

ただ、幸運だったのは夢中になったのが課金ゲームではなく株取引であったことだ。

BNF氏は、私生活のすべてを株取引に捧げていたからこそ、あそこまで成功したといっても過言ではない。

一日中モニターの前にいる専業トレーダーは、いわゆる「ゲーム依存症」の人達の生活とほとんど変らない。

てゆーか、トレーディングそのものが株や為替という目に見えない富の奪い合いのゲームであり、ある意味、世界最大の売上高を誇るオンラインカジノといっても差し支えないだろう。

「ゲーム依存症」に陥る人は、団体行動が苦手で、その中にいるだけでストレスを感じてしまうようなタイプが多い。

トレーダーも基本的に同じタイプの人種が多数派を占める。

トレードが上手くなるには、BNF氏のように「ゲーム依存症」ならぬ「トレード依存症」になるのが手っ取り早い。

逆に、社会的常識がある、社交性がある、協調性があるというようなバランス感覚に優れた人はトレーダーには向いていない。

この世界で長く生き残っているのは、自分を含めて社会不適格者であり、どこかが偏っている変人ばかりだ。

「君、やっぱりフツーじゃないよね」

そういわれるのは、トレーダーにとって最高の誉め言葉なので、いちいち気にする必要はないのである。
[ 2018/09/07 19:21 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

葬式やお墓にお金をかけないで人生を締めくくる方法

最近は、墓も葬式もなくていいという「0葬」というものがあるらしい。

つまり、火葬したらそれで終わらせるということ。

遺骨の処理は火葬場に任せ、お墓そのものをいっさい持たないという選択だ。

先日亡くなったおふくろの場合は、先祖代々のお墓があるので、そこにお骨を収めることになるが、個人的には葬式やお墓にはいっさいこだわりがない。

自分が死ねば後はどうなるか、それを見届けることもできないわけだから、死後に自分の遺体がどう処理されようと一向に構わない。

生きている間は、あり余るほどのモノに囲まれ、人間関係のしがらみにも縛られてきたので、死ぬときぐらいはあっさりと逝きたい。

戒名に高いお金を払ったりする仏教式葬儀は、国際化している現代の日本社会ではそぐわないものになりつつある。

どれだけ簡略化しても、なんだかんだで総額100万以上はかかってしまう。

できるだけリ-ズナブルに済ませたい場合は、火葬されたお骨を細かく砕いて遺灰にし、海や大地に撒く「散骨」というやり方がある。

いわゆる自然のなかに還して葬ることから「自然葬」という枠組みの一つとしてとらえられている。

世界的な著名人でも、本人の希望で「散骨」で弔われていて、アインシュタインやジョージ・ハリスン、ジャック・マイヨール、周恩来など、枚挙にいとまがない。

日本では「散骨」は違法だと思われがちであるが、法務省の見解では「葬送のひとつとして節度をもっておこなわれる限り、遺骨遺棄罪には当たらない」とある。

「散骨」というスタイルは日本ではまだまだメジャーではないが、お墓にお金をかけたくないという人や、遺体を自然に還すことに抵抗がない人が増えれば、新たな弔い方のひとつとしてこの国でも徐々に認知されていくのではないかと思っている。
[ 2018/09/03 08:49 ] 雑惑 | TB(0) | CM(1)

改善されつつある人類と癌の関係

1981年以来、日本人の死因のトップは癌らしいが、人類は癌という病を少しずつではあるが克服しつつある。

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↑の図は癌における5年生存率を示したもの。

5年生存率とは、ある疾患の予後を測るための医学的な指標であり、主として癌について用いられ、診断から5年経過後に生存している患者の比率を示す。

デ-タはアメリカ人を対象にしたものだが、1970ー1977年から2007ー2013年の30年間で各種癌の5年生存率は向上している。

例えば、前立腺癌では30%、乳癌では15%、大腸癌では15%も生存率が上昇している。

また、5年生存率50%未満より以上になった癌は非ホジキンリンパ腫、大腸癌、白血病などがある。

母親は子宮癌で亡くなったが、この調子で医学が進歩したら、遠い未来には癌という病の原因を解明してしまう日が来てしまうかもしれない。

だが、少なくとも自分が生きているあいだは死因のトップが癌であることは変わりそうもないので、癌保険に入ることを検討している。
[ 2018/09/02 07:43 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

母のいない日常

8月26日に母親が病院で亡くなって、28日に関キリスト教会で葬式がしめやかに営まれた。

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すでに母親が亡くなって3日が経とうとしている。

何事もなかったかのように日々の平穏な日常が過ぎていく。

だが、母親の存在しない世の中と存在していた世の中とは、まるで別世界のように時間の進み方が異なる。

世の中にあたりまえのように存在していた人が急に亡くなるとこんな感覚に陥るのかと驚いている。

悲しいというよりも、まるでパラレルワールドに迷い込んだような非日常的な違和感を感じる。

母はどこかこの世界と違う別の空間で、自分が亡くなるなんてまったく想いもよらぬかのように普通に生きているような気がしてならない。
[ 2018/08/30 11:35 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

メメント・モリ

母親が癌を宣告され、緩和ケア病棟に入った。

身近な人が亡くなるかもしれないというのはまさに非日常的な体験であり、その現実をまだ受け止められないでいる。

しばらく自宅と病院を往復する毎日が続く。

肉親が専業トレーダーという職業について、理解してくれるのと理解してくれないのでは、精神面において大きな影響があると思う。

自分の場合、母親は「お前の人生だから」とまったく口を挟まず応援してくれた。

今まで家族を支え続けてくれた彼女だが、これからは自分が支える番だ。

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[ 2018/08/13 08:58 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

時間の価値

経済全体での貴重資源はエネルギーであったり、食料であったりするが、個人にとっての希少資源といえば、まず思い浮かぶのが時間だ。

長い人生の中では、時間よりもお金が大切だと思うときもあるが、歳を重ねるごとに時間の希少性が増してくる。

時間を大切にするために気を付けるべきことは、自分の時間を簡単に売らないことだ。

「お金が手に入るなら人生の時間が減っても気にならない」という考えに染まっていたのでは、自分の人生を安くたたき売っているのと同じことになる。

人生は有限であり、時間の価値の大きさに気づけば、安い値段で自分の時間を売ることや、時給で働くことに対して心理的な抵抗を覚えるようになる。

今の自分にとっての貴重な資源は、「一定レベル以上の集中力で頭を動かすことのできる時間」だ。

20代の頃は、一日に8時間ぐらいは集中できたような記憶があるが、今はぜいぜい4時間が限度だ。

それを超えると、とたんに集中力が切れ、物事を深く考えることができず、判断力も鈍ってしまう。

トレーディングでも本気で集中できるのは一日3時間ぐらいが限度で、それ以上モニターの前にいても、一定のパフォーマンスをキープすることが困難になっている。

一日のうちで頭が冴えている貴重な時間をなににどれぐらい使うべきか、というのはもっかの最重要課題といっても過言ではない。

頭の動く時間は、年齢を重ねるごとに減っていく。

それとともに「やる気」や「エネルギー」といった活力も衰えていく。

自分の限られた「頭が冴えている貴重な時間」を、ネットサーフィンや雑用などのどうでもいいことに使ってしまわないよう慎重に選んでいる。

生活の質を上げるために、今の自分にとってなにが希少な資源なのか、それを正確に理解しておかないと、人生という貴重な時間はあっというまに賞味期限切れになってしまう。
[ 2018/07/30 18:56 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)

もぐらは空を飛べない

将棋の世界には、「もぐらは空を飛べない」という言葉がある。

才能がないものがいくら努力したって無駄だという意味だ。

残酷ではあるが、それだけプロの棋士になるには特別な才能がモノをいうということ。

プロ棋士を目指す若者で構成されている奨励会は、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は自主的に退会となる。

その年齢を超えても四段になれなかったのであれば、あなたには将棋の才能がないという烙印をはっきりと押されてしまう。

トレードでも特別な才能を持つ人はいる。

そして、その特別な才能を持つ人を頂点に、ピラミッド型にすそ野がひろがっている。

将棋の世界とトレードの世界が決定的に違うのは、才能よりも運の要素が大きいということだ。

完全情報ゲームである将棋ではプロがルールを覚えたてのシロートに負けることは確率的にありえないが、トレーディングではそれまで相場の世界に無縁だった人がプロの機関投資家よりも稼いでしまうなんてことは珍しくない。

もうひとつの大きな違いは、いくら負け続けても本人が諦めない限り才能がないという烙印を押されることはないということだ。

だから、センスや学習能力のない人はどれだけのキャリアを積み重ねようが、やればやるだけ負け続ける。

ただし、将棋の世界のように知的レベルのハードルはそれほど高くはないので、才能がなくても経験を積み重ねれば、そこそこ勝てるようになる。

現役のプロ棋士は日本に162名しかしないが、資産1億円以上の専業トレーダーは間違いなくそれ以上いるだろう。

年収1千万以上稼ぐトレーダーは1000人以上は確実にいるだろうし、そのなかにはトレーダーとして特別な才能を持っていない人や、運だけ勝っている人も少なくないはずだ。

将棋の世界と違って、「モグラだって空を飛べてしまう」のが、投資の世界の面白いところであり、だからこそ一攫千金の夢を追って、相場参加者が引きもきらない。

トレードの才能がまったくいっていいほど欠如している自分が10年以上も相場の世界にいるのも、まさにモグラが空を飛んでいる好例といえる。
[ 2018/07/13 20:23 ] 雑惑 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ジョンメリ

Author:ジョンメリ
こんにちわ。ジョンメリと申します。HNはLTCMのジョン・メリウェザーから頂戴しました。トレーダー歴約8年。2006年までは南ア通貨をスワップ金利目的で高レバレッジで運用。しばらく右肩上がりの相場が続き、わが世の春を謳歌していました。が、2007年8月17日にサブプライムローンに端を発する大暴落に遭遇。2008年はベアー・スターンズショックの下落で多大な損失を被り、マーケットから退場せざるを得ませんでした。精神的なダメージから一時は真剣に引退も考えましたが、ここにきてようやく傷も癒えました。現在はデイトレに手法を変え、再び外国為替取引に挑戦しています。

賢者のつぶやき